日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

高峰秀子の流儀  新潮社 斎藤明美 平成23年 23刷

某bookサイトで高峰秀子おしゃれの流儀を買おうかなぁ・・今なら送料無料だし・・・

ポイントも使えるし・・・

と見てみたら「高峰秀子の流儀」がおすすめとしてでてきた。

これはアマゾンで前に買ってよんでいた。

某サイトでもレビューはあるが、アマゾンよりレビューを書いている人は少ない。

しかしこの「高峰秀子の流儀」にひとりレビューを寄せていた人がいたので読んだ。

 

すると、「斎藤氏が高峰秀子から伝言があるといってインタビュー前に高峰との近さをアピールしてからインタビューしたというくだりは・・・」のところに昨日の疑問の答えがあるのかも!と思い、本棚からその部分を探すべくまた読んでみました。

その部分をみつけるまで、斎藤氏って(勝手に)そんな手を使ってたの??とおもいました。

これは大事件!(笑

ざっとみ、なかなかその記述がみつからなかったけれど、ありました!

しかし、少しニュアンスが違い、高峰に斎藤氏が「今度○○さんに取材をするよ」と言うと、高峰が必ず「よろしく言ってね」と、何かその人への伝言を私に託してくれると書いてあります。

だから確かに高峰が伝言を頼んだのでしょうね。

しかし、その伝言が・・別のページによると市川崑の場合、「崑ちゃん、おデブちゃんになっちゃって」だった(笑。

高峰からの伝言はそういった形だから笑ってしまう。市川崑は「居ずまいを正した巨匠」で、その伝言も威儀を正されたので、斎藤氏は言いにくかったと書いている。

 

真っ黒けな顔伝言(笑も、高峰がよろしく代わりの伝言として斎藤氏に言ったのだと確信がもてました。

そしてその伝言は高峰秀子が親しくしている人間なら怪しい奴ではないらしいと斎藤氏の取材に心を開いてくれた(きっかけ)と書いている。

私は高峰からの伝言があると嘘を言って取材の承諾を得たのかと一瞬思ったけれど違いますね。違って良かった(笑。

 

だけれど、レビューを書いた方が「虎の威を着た・・」と思うのも(書いた)無理ないかもしれません・・・。しかし、こんなに愛され、尊敬された高峰秀子(なにせ斎藤氏は本当に高峰のあっさりさとかに立腹したりする 笑)は幸せです。

斎藤氏も高峰の生き方をお手本に、人に何と思われようが、理解されなかろうが、人は人、自分は自分・・・を実践し飾り事も嘘もお世辞も言わない・・だから本当のことを書いてしまい過ぎて(笑、誤解を生むのかもしれません。

別の本で高峰以外の女優について記述も本音でしょうが、多分「何様?」とも思われるでしょうね。

この本にも高峰がファンレターや手紙の部類はほぼ捨てていることに対して杉村春子が亡くなった時に自宅に残した膨大な手紙の山をテレビでみて疑問を感じたということも書いている。

また高峰は「小島の春」で杉村春子の演技に圧倒され、尊敬していたが、杉村春子の本を読んで「人間的にはイヤな人ね」と高峰が言ったという記述もある。

確か別の本でも「御殿と呼ばれる家に住んで最後は下男の世話になった大女優」(誰だかすぐわかった 笑)

「有名プロデューサーに頼んで(お金がないから)なんとかドラマに出演させてもらった女優」←私、この女優さん好きなんですが・・・確か彼女、お金に無頓着で事務所の人間に使い込まれていたらしく、老いてからなんだかお金がない!と気づいたときはあとの祭り。病気をおして出演したあの橋田寿賀子の・・・笑)

 

ただ、この本では会話の部分では「かぁちゃん」となってますが、基本的には「高峰さん」と斎藤氏は書いています。

まだ高峰が生きていて、同居もしておらず、近所のマンションから通っていた時期のエッセイをまとめた本です。「婦人画報2007年一月号~2008年十二月号」

あとがき(ひとこと)はもちろん高峰秀子

 

表紙の高峰秀子の写真は亡緒形拳が「まるで神のようだ」と言ったとか言わなかったとか。。