日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

東京五輪音頭  1964年 日活

監督 小杉勇 脚本 高橋二三 国分治

出演 山内賢 十朱幸代 和田浩治 三波春夫 山本陽子(新人)岡村文子

   沢村忠雄 上田吉二郎 古賀政男

 

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オリンピックメインかと思われたが、山内賢、十朱幸代、和田浩治の恋愛事情が絡んだ物語・・・焦点がぼやけてどっちつかずな作品だった。

 

野菜の仲卸を手伝う孫の十朱幸代は祖父上田吉二郎と二人暮らし。山内賢を雇っている。十朱は水泳でオリンピック出場を狙う大学三年生(多分)。祖父はそのことは知らない。

同じ仲卸の和田浩治はブラジルにいる伯母 岡村文子の養子となりブラジル移住を決めているが、友達の山内賢にも一緒にブラジルへ行こうと誘っている。

 

ここで築地市場全体と野菜市場が映る貴重な映像。ただ、青果市場の内部は神田(秋葉原)だったのでは?と思わせる場面があるがわからない。石原裕次郎の「明日晴れるか」ではカラーの神田市場が登場するのだが、1964年のこの映画、なぜか白黒(笑。

 

山本陽子は十朱と同じ大学に通い、芸者置屋?の実家では踊りも習い、夜は芸者としてアルバイトもする。

みんなが住んでいるのは多分柳橋、浅草橋近辺だと思う。

 

近所の寿司屋の大将が三波春夫で、歌手の三波春夫としても登場する一人二役

なんといとこ同士という設定。

そこへ4年後のメキシコオリンピック競歩で出場したいと思っている沢村国男が訪れる。彼は財布を忘れ、自分のズボンを寿司屋においていき、競歩で去るというギャグ挿入?

寿司屋にブラジル人夫妻が現れると語学に堪能な山内賢が通訳するが、笑ったのは

「ブラジル語」というセリフ。ブラジルで話されているのはポルトガル語なのだが、、

真面目に「ブラジル語」と言っているので脚本家がいけないと思う(笑。

まぁ当時は遠いブラジル(今も遠いが 笑)・・・いちいち気にしてなかったのか、それともブラジル語でとおっていたのか?

 

ある日、十朱からブラジルに行かないで・・・と言われた山内賢。すっかりその気になって和田浩治にブラジル行きを断るのだ。

ブラジルから伯母が来た。和田のブラジル行きが近くなるにつれ十朱幸代の水泳が精彩を欠く。心配したコーチが山内に相談し、十朱に事情をきくと、なんと十朱は和田浩治が好きであったことがわかる(え)。

そんなふたりのために山内賢は自分がブラジルに行く決心をするのだ。

 

その後、十朱は見事オリンピック出場選手に選ばれる。

(この間、祖父の交通事故などがある)

 

三波春夫がコンサートで「赤穂浪士」がらみの歌を歌うのだが長くて退屈(笑。

その後、楽隊を指揮する古賀政男が大写しとなり、東京五輪音頭をうたう三波春夫に合わせて浴衣姿のおばさん連が(失礼)踊るのだ。それも大人数で。いまなら密だ(笑。

 

私は1964年の五輪はさすがに記憶にはない(生まれてはいたが 笑)。だが、1970年の大阪万博では立派に小学生でこの時のイメージソングも三波春夫だった

♪こんにちわ~ こんにちわ~ 世界のぉ~国からぁ~♪

だけれど子供心に「ださっ」と思った記憶がある。三波春夫・・・。グループサウンズを聞いていた子供には三波春夫はやっぱり「古っ」だった(笑。

 

東京オリンピックの入場行進とかの場面が挿入されつつ、最後は十朱はじめ、若者が街を歩く・・・十朱は何か考えながら歩いているようにも見えるがなんだか突然なのでこの終わり方ってどうよ?と思った。

 

新人の山本陽子と十朱幸代のスクール水着がまぶしい。スクール水着ファン必見(笑。

 

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実は途中で寝てしまった 東京五輪音頭(すいません)