日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

荷車の歌 1959年 新東宝

監督 山本薩男 脚本 依田義賢 原作 山代巴

出演 望月優子 三國連太郎 水戸光子 利根はる恵 奈良岡朋子 西村晃

   岸輝子 左幸子 左民子(左時枝)小笠原慶子 塚本信夫 矢野宣

   佐野浅夫 稲葉義男 浦辺粂子 戸田春子 小沢栄太郎 加藤鞆子

望月優子

明治から昭和にかけて、農村の女の一生を描いた2時間越えの作品。高峰秀子女の一生の作品に数本主演しているが、この役はまさに望月優子一択です。

 

白黒というのもあるかもしれませんが、三國連太郎がドンドン老けていくメークが当時から考えると迫力(というのか?)があって最後の最後のおじいさん感がすごかった。

 

三國連太郎望月優子

明治27年広島の山村。文字が読めると評判の郵便配達夫の茂吉(三國連太郎)と地主に奉公しているセキ(望月優子)は一緒になった。セキは結婚を反対された実家から勘当され、奉公先の主人(小沢栄太郎)からも追い出される。それでも茂吉の家へ行く。

今は貧乏暮らしだがプライドだけは高い姑(岸輝子)にも冷たくされるが、茂吉と荷車引きをして生活する。

そしてセキは出産。生まれたのが女の子でオト代と名付ける。オト代は3歳になっても歩くことができず、心配なセキはオト代を連れてお遍路旅をする。さすがにセキの遍路を姑も反対できず、彼女はその旅の最後にオト代が立って歩き始めたことに歓喜

次も女の子だったが、3度目の妊娠ではやっと男の子が生まれた。

当時(今でもか?)はやはり跡継ぎの男子をみな望む。

 

弱かったオト代も小学生になるが姑との折り合いが悪く、彼女は近所で子のない三造(佐野浅夫)とコムラ(奈良岡朋子)夫妻にもらわれていった。

昔は子供のない夫婦へよく子供をあげたんだよね。

荷車で稼ぎ、とうとう家を建て、問屋となった茂吉とセキ。寝込んでいた姑はセキに感謝しながら亡くなった。長男の虎男(塚本信夫)は鉄道の機関士、二男の三郎(矢野宣)は路面電車の運転手となりこの頃がセキが一番幸福だった時代。

 

一家が集まる

姑の葬式で馬車とすれ違った茂吉。これからは馬の時代がくるのだろうか・・そんな一松の不安が胸をよぎる。

茂吉はオヒナ(浦辺粂子)という女を作っていた。そしてなんと子供たちが巣立ち、二人暮らしとなった家に具合が悪くなって寝込んでいたセキの面倒をみさせるのだといってオヒナを住まわせることとなった。今なら即離婚!慰謝料いっぱい!ですが、家長のいうことに逆らえず、セキは妾と住むことなる。

浦辺粂子望月優子

そんなところに次男、三郎に赤紙がきた。出征前に三郎とリヨ(利根はる恵)の娘、鈴枝(赤沢亜紗子)と結婚させ、村の衆に見送られて行ったが身体検査で脱腸がわかり帰されてきた。茂吉から家の恥だと言われ、妾のオヒナからも「かっこわるい」と言われた三郎は激怒してオヒナに詰め寄るが、逆に茂吉から出ていけといわれ、彼はそのまま脱腸を治し、改めて志願兵となって戦地へ行ったが、戦死してしまう。

矢野宣・赤沢亜紗子

三郎の嫁となった鈴枝役の赤沢亜紗子という女優さんはなんと松本克平の娘です。

矢野宣・赤沢亜紗子

三郎役の矢野宣という俳優さん、脇役でよく見る顔です。すでに映画当時30歳にはなっていました。ミンボーの女でヤクザ事務所に行って鍵開けさせる裁判所の執行官役が記憶にあります。矢野宣がこんなに出ずっぱりの映画は初めてです(笑。

 

そして広島に原爆が落とされ、広島で看護婦をしていたスエ子(加藤鞆子)を探しにいった茂吉だが見つからなかった。その後終戦を迎えたが、広島へ行ったことが原因なのか茂吉は亡くなった。長男の虎男も戦地から帰らず心配なセキだが、孫に囲まれたセキは荷車をひく。そこへ音信不通だった虎男が帰ってきた!

塚本信夫

セキがリヨ(利根はる恵)を嫌いなのはわかるがどうしてなのか?どうも茂吉と関係がありそうだがそこはハッキリしない。多分原作には書いてあるのだろうと思った。

ここ、もう少し描いて欲しかった。

望月優子

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