日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

愛すればこそ  1955年 独立映画㈱

監督 吉村公三郎 今井正 山本薩男 脚本 新藤兼人 山形雄策

出演 乙羽信子 神田隆 香川京子 内藤武敏 山田五十鈴 岸旗江 中原早苗

   久我美子 田口計

町田芳子・乙羽信子

3話のオムニバス映画。YouTubeでのアップ作品。

「花売り娘」吉村公三郎

バーの雇われマダム、道江(乙羽信子)は夫のために20万円という大金が必要だ。そのバーのオーナー(神田隆)から用立てる代わりに・・・と誘われている。

ある晩、花売りの少女がバーへやってくるが道江は冷たく追い返すようにホステスにいう。その晩の彼女は荒れていた。夫のためにオーナーのいうことをきくべきか・・・。

結局彼女はオーナーと帰ることになった。バーからでると雨が降っているのにまだ花束を抱えて少女が立っている。道江は全ての花を買ってやる。

お金の入ったその少女、民子(町田芳子)はその金で病に臥せっている姉にブドウを買って帰る。姉はブドウが食べたいと言っていたのだ。ところが姉は亡くなっていた。

しばらくして、民子は道江にお礼を言おうとバーに行くが彼女は辞めたという。住まいは佃島で民子は渡し船で彼女を訪ねる。

道江は20万を手に入れたが家に帰ってみると気の弱い夫は自殺していた。それ以来道江は気分がすぐれず、民子が訪ねてきた時も布団の中にいた。

少女の話をきいた道江も少女に自分の話をする。道江は民子のふるまいをみてなんだか元気が湧いてきたのだった。

勝鬨橋が上がるシーンが映っています。銀座から近いせいか夜のお勤めの女性が佃島に住んでいるという設定の30年代の作品は結構あります。代表的なのが高峰秀子の「女が階段を上がる時」。今はタワマンが建ち、立地もよいので庶民は住めないです。

佃大橋の袂に佃の渡し場あとの石碑があります。

勝鬨橋

町田芳子

「飛び込んだ花嫁」今井正

川崎の工場勤めの河野(内藤武敏)はある朝、アパートに突然現れたお嫁さんにビックリする。故郷の母からは前に写真は送られてきたがそのまま返事もせず、ほっておいたのだが、彼女はすでに大荷物をもっていた。

谷くに子(香川京子)と名乗る女性をおいたまま、とりあえず出勤する河野は同僚に相談する。くに子もなんとなく気おくれしている様子で河野には申し訳なさそうに事の経緯を話したのだが。

彼女をひとり残していた河野は気になってまたアパートへ戻ると彼女の姿がない。管理人のおばさんはさっき帰ると言って出て行ったという。慌てて駅まで行った河野だが彼女には会えなかった。もう汽車に乗ってしまったのか??ところが彼女が戻ってきた。

汽車の時間にはまだ間があるし故郷から持ってきたお土産を河野に渡すのを忘れたという。くに子と他愛ない話をしていた河野はなんだか心が温まる気がしてきた・・・

香川京子内藤武敏

「愛あればこそ」 山本薩男

競輪場の臨時雇いの八重子(山田五十鈴)、長女のとし子(岸旗江)は須藤という男性と結婚したいから家を出て行こうとしているが、次女で高校進学をあきらめバスガイドをしているみち子(中原早苗)からは姉は自分勝手だと反対される。とし子がいなくなれば家計も苦しくなる。しかしとし子はもう27才。いつまで家の犠牲にならなければいけないのだと抗議する。今なら27才で独身って不思議でもなんでもないけど昭和30年だもんね。まずいよね。八重子の弟(山村聰)は大学生の茂(田口計)に帰ってもらえばよいというが、彼は思想犯で小菅に収監されていた。自白すれば釈放されるのだが、茂は仲間を売ることはできないと拒絶して出てこれない。

とし子のためにも早く小菅から出てきてほしい八重子はその後、茂に面会へ行く。

想像していたより明るい茂に八重子は何も言えないまま小菅を後にした。八重子と入れ替わりに茂と面会した同志?のみえ子(久我美子)に帰り道で話しかけられ茂の思い通りさせてやろうと思う母だった(多分)。

田口計

思想的なことはよくわからないけど、注目が大学生役の田口計。この人テレビ時代劇の悪役でしかほぼ見たことなかった。wikiで初めて調べたらなかなかのインテリ(東大卒)でまだ存命中の1933年生まれ。この作品が銀幕デビューとあり現役大学生だったそうな。そして当時の小菅周辺の街並みはまだガラガラ。

常磐線からの眺め 東京拘置所

小菅を歩く山田五十鈴

 

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