日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

女医の記録 1941年 松竹

監督 清水宏 脚本 津路嘉郎

出演 田中絹代 森川まさみ 佐分利信 

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 7月に植えた朝顔。咲きが少なかった紫色の大輪が咲きだしました。朝顔ってまだ咲くんだと調べたら9~10月まで咲く、場合によっては12月までとなってました。

種も取れて来年は種から育てようか。残念だったのは種の入った殻が2個あったんですがひとつは自然とはじけてました(;^_^A。で4粒収穫。

田中絹代と恋におち、一時一緒に暮らしていた清水宏監督の作品。結局喧嘩が絶えず破局したけど彼は田中絹代主演作をけっこう撮っていてどーゆー気持ちだったんだろう?

わがままなお嬢さん役のイメージが強い森川まさみが絹代と同じ女医役でした。

 

夏休みに奉仕活動として女子医学生たちは女医2名と共に山奥の部落へやってくる。

都会育ちの分教場の神谷先生(佐分利信)の案内で病人の診察をしようとするが

肺の病を知られたくないのか娘が紡績工場から戻ってきて寝ているというのに家には病人はいないと追い返す母親や祈祷師を呼んで拝んでもらっている家がある。彼らは頑なに医者の診察を拒むのだ。家の中は周りの木立に囲まれて鬱蒼と暗く、換気もしない。村人は風呂にも入らず、子供たちは川で遊んで結膜炎(多分)を患っている。

戦前、無医村の村人の生活がわかるんだけど、それにしても家の中はモノがなくて清潔に見える(笑。木々に囲まれ鬱蒼としている家・・今は贅沢に思える(;^_^A。涼しいよね。頑固な村人相手に二人の女医は彼らを我慢強く説得していくのだ。

夏休みも終わり、別れの日が来た。村人を集め送迎会が行われるが女医のひとり、夏木医師(田中絹代)は村に残る決心をする・・・。

医者にかかりたくない村人だけれどもっぱら経済的負担も大きかったように思う。

今は国民皆保険となり3割負担で風邪でも医者にいく時代となった。私が子供の頃、東京の高齢者(いくつからなのかワカラナイ)の医療費は無料といった時代があったけど当時のお年寄り、まず医者行かない・・老人の数も少なく、そこそこで死んでくれたから今のように「高齢者がぁ~~」とタマキン党から言われることもなかった。