日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

未成年 続・キューポラのある街 1965年 日活

監督 野村孝 脚本 田村孟 

出演 吉永小百合 浜田光男 宮口精二 北林谷栄 野川由美子 松原マモル

   西尾三枝子 南風洋子 浜川智子 菅井きん 岡田可愛 松岡きっこ 

www.nikkatsu.com

日活+で上映中♪♪ 月390円払ってよかった。

川口というと今やクルド人問題で有名な町となりましたがやはり私は鋳物の町ですね。

1970年代、赤羽から川口へ行くと、道を走っているベンツの多さが衝撃的で鋳物工場の経営者が乗っていたんでしょう、赤羽(一応東京)なんかよりよっぽどお金持ちが住んでいたというイメージです。マンションがあれだけ建てられたのも鋳物工場の広大な敷地がたくさんあったからでしょう。道路が碁盤の目で走りやすく、ぐちゃぐちゃ曲がりくねり、道幅のせま~~い赤羽(東口方面)からしたら憧れの地!川口!あまりにも憧れて車のナンバーを「大宮」にしたことがあるw。80年代ともなると廃業する鋳物工場が加速。しかし西口はまだ今のように高層マンションなどなかった。それにしてもあれだけのマンション群。今も京浜東北線しかない川口駅の朝の混雑はすごいだろうな。謎だったのは80年代も後半、私は川口の人たちとよくバイクでツーリングに行くようになったけど、なぜかデパートや買い物は浦和に行くのだ。私からすると京浜東北線で有楽町へ行けばいいのに・・と思ったんだけどとにかく埼玉県から出ないんだよね。今は違うだろうけど。

 

映画の設定はあれから3年、工場で働きながら定時制高校へ通うジュン(吉永小百合)は大学進学も考えている。

教育映画みたいな側面とやはり最初の「キューポラ」の出来が良すぎたのか残念な部分もちらほら。

まず、ジュンの父母、弟のタカユキの俳優さんを違えていたところ。あの映画、弟のタカユキ役を演じた市川好郎が良かったんだけど。

父母役の宮口精二北林谷栄も好演でしたがやっぱり東野英治郎・杉山徳子が良かった。北林谷栄って浜田光男の母親役だった。

ジュンの工場の同僚役の野川由美子はちょっと大人っぽすぎたけど役が役なだけに彼女が最適だと思われたのかもしれない。

日活のサイトでジュンの工場の同僚で松岡きっこの名前があったけどいたっけ??

北朝鮮へ渡った三吉たちの母親(菅井きん)は登場。ひとり日本に残ったが結局北朝鮮へ渡る。「一度北朝鮮へ渡ったらもう日本へは帰れないんでしょう・・」というセリフに行ってはいけない!と思ったけど、当時は地上の楽園とかって日本政府も後押ししてたようだからね・・・。日本人妻である人たちのその後の暮らしはどーだったのだろう??

Amazonより

YouTubeで当時の日活の宣伝がアップされてますが、撮影途中のもので脚本を変えたらしく最後はえ~~~~という終わり方。ジュンは自分の状況から逃げることを考えていたのだが・・・。ここは私も考えさせられました。

1965年当時の川口の街がたくさん納められています。で、また思い出しちゃったんだけど・・

確か1979年か1980年の夏の終わり。私は川口のさびれた2番館でひとり「寅さん」を見に行った。平日の昼下がり、映画館は人もまばらで、スクリーンが良く見える席の真ん中辺に座った。しばらくすると、ガラガラなのに私の横に男性が座る。

??と思って彼を見るとなんと暗がりの中で男性のイチモツを出していた。

その2番館は確か地下か2階でポルノ映画を上映していた。映画の最中騒ぐこともできず私は席を移動。あの頃、私はいろんなところで男性のイチモツを目撃したことがある。なんなんだ?気持ち悪い。地下鉄の大きな柱の陰からとか街中の電柱の脇とか。

最後に目撃したのは40代の頃で、小雨が降っていた夜。細い道を家に向かって歩いていたら突然物陰から男性がでてきて・・・出していた。その道は結構人々が行きかうところですが彼は来るのが女性、しかも人がいなくなった時に合致すれば現れてイチモツを披露していたのだろうけど、たいへんだよね~。そこまでして。以来見ていないけど彼らも見せる相手は若いほうが良いのだろうか?w。

 

YouTubeでのこのシーン、最後はほのぼので終わりそうだけど

 

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