日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

名づけてサクラ  1959年 日活

監督 斎藤武市 脚本 植草圭之介

出演 中原早苗 月丘夢路 小園蓉子 岡田真澄 下元勉 高橋とよ 村瀬幸子

   高田敏江

 

www.nikkatsu.com

日活より

前半は日活らしくて面白いが、結局、母もの??なのか変なお涙頂戴で終わるのが惜しい。っていうかあれだけ冷たくシャットアウトしてたのにあの最後って何?そもそも暴行を受けてどこの誰とも知れない男性の子供を自分が産んだからといって生みの親としてあんな情を感じないといけないの?現実問題として・・・。

前半で月丘夢路の強烈な拒絶の仕方は納得したがなんだか最後は女はどんな理由であれ産んだ子供を愛するものだっていうのが言いたいのがありありと感じられて、え?そーなの?って思ったんだよね。アタシ(中原早苗風)

 

母親のわからない孤児のサクラ(愛称はサリー)は孤児院から2年前の10歳の時アメリカへ養子に出された。彼女がアメリカで知り合ったユリ(中原早苗)はアメリカ兵と結婚し、アメリカに住んでいたが離婚して日本へ帰り、今はシビリアン(米軍で働いている一般市民、元々退役後、シビリアンとして軍隊で働いている人を指す場合が多い)で白人の(ユリいわく)アメリカ人のオンリーだ。

そこへ日本が恋しくて、本当の母に会いたいサリーが密航してやってくる。

ユリは同じく米兵相手の女、マリ(小園蓉子)と白人とのハーフでキャバレーでトランペットを吹いている幹男(岡田真澄)に部屋を貸している。

 

サリーは外人墓地のそばにある孤児院のシスターを訪ねるが、諭されてしまいがっかりする。どうしても母親を知りたいサリーは孤児院に保管されていた自分の書類が入ったケースをそっくり持ち出しユリの家に持ち帰る。自分のカードをユリが調べると

錦糸町の医院でサリーが生まれたことがわかる・・・

ここで錦糸町駅周辺を俯瞰する映像。なんにもない(今と比べて)。

 

中原早苗の蓮っ葉な演技が最高で物語を盛り上げる。子役の福田みどりもなかなかだった。

中原早苗は生みの母が月丘夢路だと突き止めて彼女の成城の自宅へ行くが

そこではユスリがメインで行ったのか、それとも本当に子どもに会ってほしいと思っていったのかが謎。ただし月丘の強烈な拒否でお金は受け取れない(笑。

 

映画も終わりまじかになると、これって母娘のお涙頂戴もの??と思ってくる。

ただ見事に待ち合わせの横浜公園で裏切られ、こーでなくっちゃと思ったのもつかの間、最後の最後がダメだった(笑。んー・・・これは泣けない"(-""-)"。途中は泣けたのに(笑。もうちょっと日活的なシュールな終わり方がよかったんだけど。

 

アマゾンより