日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

日常の戦ひ 1944年 東宝 

監督 島津保次郎 脚本 小国英雄 原作 石川達三

出演 佐分利信 轟夕起子 菅井一郎 志村喬 藤田進 花井蘭子 中北千枝子

   清川玉枝 田中筆子 河野秋武 進藤英太郎

 

太平洋戦争末期の国策映画とのことですが、そうとも思えないところがありました。

 

佐分利信は大学教授でドイツ語?で講義をしている。窓の外では学徒出陣?のためか学生が行進している。その足音がうるさくて授業にならない。

 

家には妻の轟夕起子と小さい息子がいる。

佐分利信の弟の藤田進はいつものセリフは棒読み。

ある日、組の組長交代で誰にするか集まる。

志村喬が現組長、以下、佐分利信、芸術家?の菅井一郎、戦争崇拝?の河野秋武(なんとボウズ頭)、清川玉枝、田中筆子らが集まる席で、河野が清川、田中になんで夫が出てこないのか?と問い詰める。女がでてくるのはけしからん?らしいが、清川も夫は恥ずかしがり屋でこういうところは苦手だとかなんとか。

 

組長選びの場面ではみんな組長など(大変だから?)やりたくない笑。菅井一郎のやりたくなさ過ぎて貧乏ゆすりが凄くて笑ってしまった。まるで現在の管理組合の理事長選びのよう。

貧乏ゆすりの凄かった菅井が選ばれてしまったが、その夜、菅井の母親が佐分利の家を訪ね、組長をやってくれないかと頼む。

断り切れずに佐分利は組長を引き受ける。

 

佐分利の弟、藤田進は新聞社?勤めで父の死後東京にでてくる(だったかな)。

結婚を勧められ、「なんでもいいや」で決めた相手が中北千枝子だが、結婚早々ビルマへ行って戦死?してしまう。

東京では組で食料の自給自足を目指して畑づくりをみんなでしている。

藤田がビルマへ立ったあと、中北をひとりにさせるのは可哀そうだと佐分利の家で一緒に暮らす。ある日、轟と中北が藤田からの便りの話をしている。

すると・・新聞社から使いがきて佐分利に藤田の戦死の知らせが。

畑仕事をしている中北に知らせる前に轟にいうと、轟は悲しがる。

それを中北に報告に行くが、中北は涙ひとつ見せずまた畑仕事に精をだす・・・

(みたいな話)

 

途中、公債を組単位で購入の割り当ての話があり、一人頭いくらだせばよろしいんでしょ?と清川が言うと、志村喬はいや、私は○○○円だしますと割り当てられた8割くらいの金額を言う。(多分ほめられべきこと)

↑こーゆー人、いつの時代もいるよね?笑。

なので美談には注意。特に今も注意(笑。

 

轟は洲崎パラダイスで疲れた中年太りの飲み屋のおかみさんを何回も見た後でこの映画の当時27歳の彼女をみるとあまりの美しさにビックリする(笑。

それに細いし、大学教授の奥様役だから上品だ。

洲崎パラダイスでもまだ39歳なんだよね。落合役の河津清三郎だって48歳だ。

みんな今の私より年下です。

 

で、ま、この映画、戦争でたいへんなんだから銃後の守りの家庭でも努力しなさいよというプロパガンダなんだろうけど、菅井が組長を嫌がったり、配給の大変さとか、轟が藤田の戦死で泣いちゃうとか、ゴリゴリの国策映画かと言われればそうでもない気がする。

そうそう、配給は各家庭の人数によって増減するが、ある家が女中を帰らせたのにその分もまだ配給を受けていて組長が言いに行くという場面があったけど、なぜかコロナの給付金の二重、三重払いのニュースを思い出した(笑。

 

戦争時、スローガン、美談、そして憲兵や愛国婦人会などの組織で国の統一を図ったけれど、今も「東京アラート」だの「ウィズコロナ」だの「ソーシャルディスタンス」などの言葉、マスクの寄付や10万円の寄付のような美談、そして自粛警察(私はマスコミそのものが自粛警察そのものだと思うが)の3点セット。似てないか?。