日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

YOUNG YAKUZA 2008年 公開

たまたまユーチューブでアップされて見た作品。稲川会系碑文谷一家熊谷組の熊谷正敏組長がもう、メッチャかっこよくて。なんていうかショーケン松田優作を足して2で割ったような・・・。ネットでも熊谷組長がカッコいい、カッコいいと言われている。

 

 

日本からも映画を撮らせてくれとオファーがあったらしいが、フランスのこの映画(ドキュメンタリー)だけオッケーしたという。そしてカンヌ国際映画祭で特別招待上映されたという。

 

なんとナオキという20歳の若者が手に負えないからと熊谷組に預けられる。

2006年頃?の話よ・・・。母親はもちろんヤクザ組織に息子を預けるというのは躊躇するのだが結局ナオキは熊谷組へ・・・

そこで登場するのが熊谷正敏なのだが、話し方なんかは丹波哲郎みたいだった。

口を開くとその声はドスがきいていてやっぱりこの人ヤクザなんだねって思う。見た目や服装はヤクザのイメージとは全く違うカッコよさ。

組員の逮捕で弁護士と話す熊谷正敏組長

 

ナオキはお茶の出し方から挨拶の仕方なんかを習い一生懸命働くのだが・・・

三社祭の日、ナオキはおじさんの具合が悪いとかなんとかで休みをもらう。それを兄貴分が報告に行くと、三社祭に連れてってやろうと思っていたという熊谷組長(泣ける)。だが、ナオキはそのままトンずら~~~(え~~~)。

途中ではさまる日本人のラップがじゃまだが(笑、ま、文句はいいません。

 

その後、おすすめとしてヤクザ系の動画ばかりが出てくるようになった(笑。

若手の出世頭だった彼だが稲川会の跡目争いで降格され・・・ってとこで終わるが

その後のいろんな動画で彼は碑文谷一家の第十一代目総長となった。(この動画の彼もかっこよかった. 稲川会でお金を出してプロに撮ってもらったと思う。クレジットからして凝っている)

 

ところでなんと彼はカトリック。事務所には大きな十字架が壁にあったけれど、これって演出??

武蔵小山のアーケードを子分を連れて歩くところなんてまるで映画のワンシーン。

 

レッドカーペットを踏んだ初めての現役ヤクザとして当時話題になったという(全然知らなかった)

2019年に「熊谷正敏 稼業 頭角の哲学 (向谷匡史 著)」という本が出版されてネットで検索したら近くの図書館で貸し出ししていたので予約しました。

 

アマゾンより

58歳くらいの写真だと思うけれど、だらしなく太るってこともないところがスゴイしいまだにカッコいいですね。

 

ついでに昭和60年に熱海?あたりで稲川会が新年会をやった映像を見ました。

歌謡ショーがすごくて、北島三郎とか山本譲二東映志賀勝なんかが出演。さらに「修羅の群れ」という実録ヤクザ映画絡みなのか松方弘樹鶴田浩二、原作者の大下英治、そして監督?やら脚本家なんかも舞台にあがった。

鶴田浩二にいたっては稲川会のための唄を作りましたといって熱唱♪♪

今の感覚だとえーーーーって思うけれど当時は普通のことだったんだろうなぁ。

最後は組員のカラオケ大会なんだけど、でてきた人はみな歌がうまかった♪♪

 

アマゾンより

思い出したけど1981,2年ごろ、夜の銀座のコリドー街近くで菅原文太を見たことがあります。一人で歩いていましたがまるでヤクザそのものでした。背は大きくなかった。当時はヤクザがヤクザであることを隠さずにブイブイ歩くのも普通だった。もちろん入れ墨出しても大丈夫だったんじゃないかな。まだ。

私が小さいころ、(多分)テキヤのおじさんが商店街を夏の暑い日に上半身さらけ出してよく歩いていた。もちろん入れ墨入り。確か彼の奥さんはその商店街でお好み焼き屋?かなんかやってた。いかにもテキヤの奥さんって感じの顔してた(女優でいうと園佳也子みたいな感じ)。