日本映画1920-1960年代の備忘録

1920年代の無声映画から1960年代前半の日本映画

風の中の牝鶏  1948年 松竹

監督 小津安二郎 脚本 野田高梧

出演 田中絹代 佐野周二 村田知栄子 笠智衆 坂本武 高松栄子 岡村文子

   三井弘次

 

幼い男の子がいる田中絹代、戦争が終わっても帰ってこない夫、佐野周二を待っている。

生活が苦しく、最後の着物をを友人の村田知栄子の同じアパートに住む女に売ってう。

その女は田中ほどの美人なら着物なんか売らずに稼げるのに・・と売春を勧める・・。

 

ある日子供が病気になり入院した。入院費を払うため田中はその女に頼んで月島の闇旅館で男と一晩過ごす・・。

 

友人の村田はそれを知ってなんで相談してくれないのかというが、とにかく忘れることだとくぎをさす。

子供も無事退院し、そして夫佐野周二が帰ってきた。

食事が終わり、子供を寝かしつける。佐野が田中に留守中のことについてきく。

楽しそうに答える田中。子供は病気をしたか?ときかれうっかりはい、しました。と言ってしまう。入院したか?でもはいと返事をすると、夫はそのお金はどうしたの?とさらに聞かれる。言葉につまる田中・・・結局田中は白状してしまう。

 

妻のしたことが許せない佐野。田中から白状させた月島の闇旅館で女を呼んでもらう。

旅館のおかみに20日くらい前に来た女は何度も来たのか?ときくと女将の岡村文子はいいえ、一度きりです。と答える。

 

笠智衆から許してやれと言われるが、理屈はわかるが心が許さないのだと苦悩する佐野。家には帰っていないが、夕方帰ると田中とまたおかしな雰囲気となり出て行こうとする佐野にとりすがり行かないでという田中を振り切ると田中は階段から転げ落ちてしまう。

wikiだとこの部分はスタントをつかったそうだが、とてもうまく撮れていて、本当に田中絹代が落っこちたと思った(笑。

 

足を引きずりながら部屋へ戻る田中が「叱ってください、ぶってください」と今なら信じられないことを言うのがしらけた(笑。

 

佐野は「僕たちはこれからどんなことがあっても強く生きるのだ」系のことをいい、抱き合うふたり・・・

だったら、はやく許してあげればよいのだ・・・と思ったが、それでは映画にならないか(笑。

 

田中絹代、ここでも10歳ほど若い役。

翌年、鎌倉山の元法務大臣だかの別荘を買うんだよねぇ。今はみのもんた邸。

 

不思議なのは田中絹代の女優としての息の長さ。

みな年齢を理由に消えたり、引退したりするのだけれど田中絹代だけは主役をもらって映画界に君臨するのはなぜ?

ひとつは監督に気に入られたこと。(小説 田中絹代 より)とにかく監督に批判はしない女優さんだったという。そして「はい」と引き受ける。

 

村田知栄子が真面目な女性(といっても昔ふたりでオリエント(どこ?)に勤めていた時・・と田中に言う場面があるが水商売なのか?)をあの小津式で演じている。びっくり。